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ホーム ヘリーハンセンの歴史

◆ ◆ ◆ ヘリーハンセンの歴史 ◆ ◆ ◆

 130年以上の歴史を持つヘリーハンセン。
 1987年以降のカタログより抜粋して、ヘリーハンセンをご紹介します。
 重複する部分も多いですが、ヘリーハンセンの歴史をお知りになりたい方は是非どうぞ!

漁師   オイルスキン


2009年

2008年 | 2007年 | 2006年 | 2005年 | 2004年 | 2003年 | 2002年

2001年 | 2000年 | 1999年 | 1998年 | 1997年 | 1996年 | 1995年

1994年 | 1993年 | 1992年 | 1991年 | 1990年 | 1989年 | 1987年


2009年バイヤーズガイドより

   ヘリーハンセン   セーリングチームジャパン   エリクソンレーシングチーム

2009 Brand Concept

 1877年、北欧ノルウェーの港町モスで誕生したヘリーハンセンは、130年以上という世界最長の歴史を誇るNo.1セイリングギアブランドです。2008年の秋にスタートした世界一周ヨットレース「VOLVOオーシャンレース」に出場する<ERICSSONレーシングチーム>にオフィシャルウェアを供給するなど、世界のトップセイラーたちから絶大なる信頼を得ています。また、ウォータースポーツに親しむ多くの人たちに水辺の環境保護のメッセージを発信するH2Oプロジェクトを展開。ヘリーハンセンの活動は、水、海、地球、そして人との深い関わり合いによってつづいているのです。 そこに水が、ある限り。


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2008年カタログより

   ヘリーハンセン

History of Helly Hansen

 1877年、北欧ノルウェーの港町モス。この地で、現在では世界最長の歴史を誇るレインウェア会社、ヘリーハンセンが誕生した。創業者であるヘリー・ジュエル・ハンセンの前職は船長で、当時から自船の乗組員たちに情け容赦なく襲い掛かる激しい雨、雪、スプレー、そして寒さに抗う手立てを考えあぐねていたという。試行錯誤の末、ハンセンはついに、漂白されていないキャンバス地を使って縫い上げた衣服に自家製の亜麻仁油を染み込ませ、さらに特殊な加工を施すことにより、高品質な防水服を編み出すことに成功した。この発明によってノルウェーの船員たちは、これまで1シーズンに3セット必要としていた作業着が、3シーズンで1セットあれば事足りるようになったという。
 屋外活動におけるほとんど全ての領域をカバーするヘリーハンセンの製品は、外洋レーサーをはじめ海難救助隊、極地探検家、スノーボーダーといった活動家や冒険家たちによって、極限までテストを繰り返されてきた。創業以来、ヘリーハンセンは海を原点として防水テクノロジーの限界に挑み続けている。

 2008年を迎えた今、海水にさらされてもその卓越した防水性能・透湿性能が損なわれることはない新素材、ゴアテックスプロシェルを採用したニュー・セイリングギアの開発によって、新世代テクニカルギアと位置付けるナビゲーションラインが一段と充実。アンダーウェアからアウターシェル、さらにはフットウェアまで幅広いラインナップで過酷な自然環境に対峙するすべての人にハイレベルな製品を提供できることを誇りに思う。

   ゴアテックスプロシェル

 そして、創立以来、海や川をはじめとする自然のフィールドで活動する人たちを支援し続けてきたヘリーハンセンは、私たちが暮らす地球の未来を見すえて水と向き合い、水とともに歩んでいる。毎年、さまざまな試みで実施する水辺の環境保全活動や、環境に配慮した商品開発を通じてウォータースポーツに親しむ多くの人たちに地球保護のメッセージを発信するH2O(Helly Hansen Ocean)プロジェクトを展開。また、沖縄の伝統的な木造漁舟「サバニ」を復活させたサバニ帆漕レースを主催しサポートしている。ヘリーハンセンの歴史は、水、海、地球、そして人との深い関わり合いによって永らえている。


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2007年カタログより

   ヘリーハンセン

130th ANNIVERSARY

 ヘリーハンセンは、130年もの長きにわたり、サバイバル(非常用装備)、ワーク(作業着)、スポーツ(スポーツ衣料)の各分野において、高品質なギアアパレルを世に送り出してきました。身に纏うためだけの衣服から、身を守るための道具へ。リアルアスリートのニーズを把握し、テストとフィードバックを繰り返すことによって、ウェアはギアへと進化を遂げました。
 ヘリーハンセンの製品は、プロフェッショナルから選手、スポーツ愛好家に至るすべての挑戦者たちを、地球上で最も困難な環境から守り、そのパフォーマンスを最大限に引き出します。

Historical Profile

1877
 1875年ノルウェー商船長のヘリー・ジュエル・ハンセンは妻と共にモスの自宅で、織りの粗い綿キャンバスに亜麻仁油を塗った最初のオイルスキン(防水服)の製造に成功した。1877年には、2002年現在、世界最長の歴史を誇るレインウェア会社ヘリー・ハンセン社を設立する。

   ヘリー・ジュエル・ハンセン

1878
 パリ万国博覧会に渡ったヘリー・ジュエル・ハンセンは、防水衣料のコレクションで最優秀賞を受賞。その後もその革新的なデザインや輸出の成功に対して数々の賞が授与された。

   最優秀賞

1879
 創業間もない1870年代の終わりに製造を始めた消火バケツ。オイル塗りのキャンバス製で、持ち手には縄を使用。軽量で、海岸から汲み上げた水を火元まで手渡しで運ぶには十分であった。

   消火バケツ

1920's
 ヘリー・ハンセンは当時の防水衣料において、まさに画期的ともいえるリノックス素材の開発に成功した。防水性に優れながら従来品のように油によるべとつきがなく、生地表面は美しい光沢をたたえていた。リノックスは第二次世界大戦後までベストセラーを続ける。

   リノックス

1931
 もうひとつの主力となる新しい防水素材リンオーリットを発表。非常に薄く軽量なのに加え、豊富なカラー展開が可能となり、女性ならびに子供向けのレジャー用防水衣料としても幅広く使用された。

1949
 半透明のPVC(ポリ塩化ビニール)製の極薄シートを基布に圧着することにより、さらなる軽量化を実現した防水素材ヘロックスを発売。併せて、縫い目からの浸水を防ぐ防水テーピング処理が採用された。

   防水素材ヘロックス

1950's
 現在のフリースの原型となる新しい断熱素材ファイバーパイルを発売。保温性・軽量性に加え速乾性にも優れるため、防水ジャケットの下に着用するのに最適とされた。

   ファイバーパイル

1970's
 ポリプロピレン製のアンダーウェア素材リファを開発。身体から汗を素早く取り除き、肌を暖かくドライに保つ理想的なスポーツアンダーウェアとして好評を博す。1999年のリニューアルにより、ソフトで滑らかに進化した。

   リファ

1975
 1975年に最初のサバイバルスーツを世に送り出して以来、漁師や船乗り、油田作業員、救助ヘリのパイロット、軍などに向け20型以上を開発・製造。これまでに40万着以上を販売した。

   サバイバルスーツ

1980
 独自に開発を進めていた防水・透湿素材ヘリーテックを発表。風雨の浸入を防ぐ一方、汗の水蒸気のみを外部に放出し、暖かくドライで快適な衣服内環境を実現した。ヘリーテックを使った防水・透湿ジャケットの発表は、当時のアウトドア産業に大きな衝撃を与えた。

1990's
 アメリカズカップや世界一周レース、マッチレースサーキットなど、メジャーヨットレースにエントリーした多くの艇がヘリーハンセンを指名した。

   ニッポンチャレンジユニフォーム

2004
 2004年3月1日にはフットウェアのコレクションを世界同時発売。防水性よりも速乾性と快適性に重きをおいた「排水」という発想は、これまでのデッキシューズの常識を覆すものであった。

   フットウェア

2005
 水辺の環境保全活動を支援するH2O(Helly Hansen Ocean)プロジェクトを起ち上げる。ビーチクリーンイベントの開催や店頭での募金活動、グリーンデザイン製品の提案など、地球の未来を考えるさまざまな活動に取り組んでいる。

   H2Oプロジェクト

2007
 創立130周年を迎えたヘリーハンセンの製品は、現在世界45の国と地域で販売されている。

   ヘリーハンセン本社


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2006年カタログより

   ヘリーハンセン

 ヘリーハンセンは1877年の創業以来、防水テクノロジーを追及することによって、人々にドライで快適な衣服内環境をプレゼントしてきました。それは、記録への挑戦をアシストしたり、休日のレジャーを楽しくしたり、雨の日をちょっと待ち遠しくしたりします。
 氷が浮かぶ南氷洋や北欧の凍て付くフィヨルドで生命を維持するサバイバルスーツから、最も困難な地での作業を余儀なくされている作業員たちを暖かく安全に保つワークウェア、ウォーターアクティビティをドライで快適にサポートするスポーツクロージングまで。ヘリーハンセンの製品は、水にまつわるあらゆるコンディションに対応します。


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2005年カタログより

   ヘリーハンセン

 1877年。英国がインド帝国の成立を宣言し、日本では西郷隆盛の主導のもと西南戦争が引き起こされたその年、北欧ノルウェーの港町モスでは、2005年現在、世界最長の歴史を誇るレインウェア会社、ヘリーハンセン社が産声を上げた。7月1日のことである。
 創業者であるヘリー・ジュエル・ハンセンの前職は船長で、当時から自船の乗組員たちに情け容赦なく襲い掛かる激しい雨、雪、スプレー、そして寒さに抗う手立てを考えあぐねていた。試行錯誤を重ねた末、ハンセンはついに、漂白されていないキャンバス地を使って縫い上げた衣服に自家製の亜麻仁油を染み込ませ、さらに特殊な加工を施すことにより、しなやかな防水服を編み出すことに成功した。この発明によってノルウェーの漁師たちは、これまで1シーズンに3セット必要としていた作業着が、3シーズンで1セットあれば事足りるようになったという。
 斬新な発送から生まれた上部で高品質な防水服は、これまでの重く硬い作業着とは似て非なるもので、その噂は瞬く間にノルウェーの船乗りたちの間に広まったという。品質は極めて重要とされ、すべての製品は徹底的な検査が行われた後、店頭に並んだ。高機能ゆえの高価格にもかかわらず、需要は増え続けた。
 ハンセンが興した革新的なブランドは、既に海外でも評判となっていた。創業翌年の1878年にはパリ万国博覧会に防水衣料のコレクションを出展し、最優秀賞を受賞。1901年にはロシアの漁業見本市で表彰されるなど、その後もその革新的なデザインや輸出の成功に対して数々の賞が授与されている。
 オイルスキンコートや暴風雨帽といった防水衣料だけにとどまらず、ヘリーハンセンはこれまでに、消火バケツや馬具、瓶の口金など防水技術を応用したユニークな製品を発表してきた。
 1950年代には現在のフリースの原型となる新しい断熱素材ファイバーパイルを発表。1970年代にはポリプロピレン製のアンダーウェアLIFAを開発。1980年代にはどき地に開発を進めていた防水・透湿素材HELLY TECHを発表するなど、テクニカルクロージングのリーディングカンパニーとして常に革新的な素材を使った製品を市場に提案してきた。
 また、1975年に最初のサバイバルスーツの開発に成功して以来、これまでに、漁師や船乗り、油田作業員、救助ヘリのパイロット、軍などに向け20型以上のサバイバル衣料を開発・製造し、約40万着を販売。ノルウェーのヘリーハンセン本社にはサバイバル衣料の専門工場が併設されており、現在も製造から検査までを一貫して行っている。
 最初の防水服を世に送り出してから128年目を迎えようとしている現在も、ヘリーハンセンは卓越したデザインと技術革新の最前線にいる。ブランドのルーツともいうべき漁業向け防水衣料のコレクションWORKWEARを展開し続ける一方、ウォータースポーツならびにスノースポーツ用の最先端のテクニカルクロージングをデザイン。スポーツアンダーウェアLIFAから保温中間着、防水・透湿ジャケットに至るトータルなコレクションを発表している。
 屋外活動におけるほとんどすべての領域をカバーするヘリーハンセンの製品は、極地探検家や外洋レーサー、スノーボーダー、海難救助隊といった世界的な冒険家たちの手によって、極限までテストを繰り返されてきた。
 ヘリーハンセンは1877年の創業以来、防水衣料開発の先駆者としてウォータープルーフテクノロジーの限界に挑み続けている。


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2004年カタログより

   ヘリーハンセン

 2004年現在、世界最長の歴史を誇るレインウェア会社、ヘリーハンセン。
 厳しい自然環境に身を晒すノルウェーの船乗りたちのために紡ぎ出された往年のオイルスキン(防水服)が全ての製品のルーツである。
 さらにはVOLVOオーシャンレースや世界最高峰登頂、北極踏破といった極地活動からのフィードバック。
 ヘリーハンセンの2004年春夏コレクションは、127年もの長きにわたり世界の海で培われてきた最先端の防水テクノロジーを柱に、花粉付着防止やUVカット、クーリングといった日常の快適性を追求した新たな機能を付加。セーリングを頂点とするすべてのウォータースポーツをこれまでにない快適さでサポートします。

1877
 1875年ノルウェー商船長のヘリー・ジュエル・ハンセンは妻と共にモスの自宅で、織りの粗い綿キャンバスに亜麻仁油を塗った最初のオイルスキン(防水服)の製造に成功した。1877年には、2002年現在、世界最長の歴史を誇るレインウェア会社ヘリー・ハンセン社を設立する。

1878
 パリ万国博覧会に渡ったヘリー・ジュエル・ハンセンは、防水衣料のコレクションで最優秀賞を受賞。その後もその革新的なデザインや輸出の成功に対して数々の賞が授与された。

1920's
ヘリー・ハンセンは当時の防水衣料において、まさに画期的ともいえるリノックス素材の開発に成功した。防水性に優れながら従来品のように油によるべとつきがなく、生地表面は美しい光沢をたたえていた。リノックスは第二次世界大戦後までベストセラーを続ける。

1931
 もうひとつの主力となる新しい防水素材リンオーリットを発表。非常に薄く軽量なのに加え、豊富なカラー展開が可能となり、女性ならびに子供向けのレジャー用防水衣料としても幅広く使用された。

1949
 半透明のPVC(ポリ塩化ビニール)製の極薄シートを基布に圧着することにより、さらなる軽量化を実現した防水素材ヘロックスを発売。併せて、縫い目からの浸水を防ぐ防水テーピング処理が採用された。

1950's
 現在のフリースの原型となる新しい断熱素材ファイバーパイルを発売。保温性・軽量性に加え速乾性にも優れるため、防水ジャケットの下に着用するのに最適とされた。

1970's
 ポリプロピレン製のアンダーウェア素材リファを開発。身体から汗を素早く取り除き、肌を暖かくドライに保つ理想的なスポーツアンダーウェアとして好評を博す。1999年のリニューアルにより、ソフトで滑らかに進化した。

1980's
 独自に開発を進めていた防水・透湿素材ヘリーテックを発表。風雨の浸入を防ぐ一方、汗の水蒸気のみを外部に放出し、暖かくドライで快適な衣服内環境を実現した。

2003
 これまでに、漁師や船乗り、油田作業員、救助ヘリのパイロット、軍などに向け20型以上のサバイバル衣料を開発・製造し、約40万着を販売する。


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2003年カタログより

   ヘリーハンセン

Heritage of 125 Years:

 創立125年という比類なき歴史と飽くなき技術革新、さらにはVOLVOオーシャンレースや世界最高峰登頂、北極踏破といった極地活動からのフィードバック。
 素材と機能とスタイルのコラボレートによって生まれたヘリーハンセンの2003年春夏コレクションは、軽量化とプロテクション機能の向上という相反する2つの条件を高レベルで実現。
 セーリングを頂点とするすべてのウォータースポーツをこれまでにない快適さでサポートします。

1877 The Beginning:
 1875年ノルウェー商船長のヘリー・ジュエル・ハンセンは妻と共にモスの自宅で、織りの粗い綿キャンバスに亜麻仁油を塗った最初のオイルスキン(防水服)の製造に成功した。1877年には、2002年現在、世界最長の歴史を誇るレインウェア会社ヘリー・ハンセン社を設立する。

1878 Award for Excellence:
 パリ万国博覧会に渡ったヘリー・ジュエル・ハンセンは、防水衣料のコレクションで最優秀賞を受賞。その後もその革新的なデザインや輸出の成功に対して数々の賞が授与された。

1920's Fabric Technology:
 ヘリー・ハンセンは当時の防水衣料において、まさに画期的ともいえるリノックス素材の開発に成功した。防水性に優れながら従来品のように油によるべとつきがなく、生地表面は美しい光沢をたたえていた。リノックスは第二次世界大戦後までベストセラーを続ける。

1931 Breakthrough in Fabric Technology-1:
 もうひとつの主力となる新しい防水素材リンオーリットを発表。非常に薄く軽量なのに加え、豊富なカラー展開が可能となり、女性ならびに子供向けのレジャー用防水衣料としても幅広く使用された。

1949 Breakthrough in Fabric Technology-2:
 半透明のPVC(ポリ塩化ビニール)製の極薄シートを基布に圧着することにより、さらなる軽量化を実現した防水素材ヘロックスを発売。併せて、縫い目からの浸水を防ぐ防水テーピング処理が採用された。

1950's Developing the Layers-1:
 現在のフリースの原型となる新しい断熱素材ファイバーパイルを発売。保温性・軽量性に加え速乾性にも優れるため、防水ジャケットの下に着用するのに最適とされた。

1970's Developing the Layers-2:
 ポリプロピレン製のアンダーウェア素材リファを開発。身体から汗を素早く取り除き、肌を暖かくドライに保つ理想的なスポーツアンダーウェアとして好評を博す。1999年のリニューアルにより、ソフトで滑らかに進化した。

1980's Warm,Dry,Safe at Work:
 独自に開発を進めていた防水・透湿素材ヘリーテックを発表。風雨の浸入を防ぐ一方、汗の水蒸気のみを外部に放出し、暖かくドライで快適な衣服内環境を実現した。


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2002年カタログより

   ヘリーハンセン

Heritage A Brief History

 1875年の寒さの厳しい冬のある日、海での仕事を終えたヘリー・ジュエル・ハンセンは吹きつける風雨に背中を丸め、水が染みた服を不快に感じながら家路を急いでいた。15歳で甲板員の見習いとして海に出たハンセンも35歳となり、商船長という役職にあった。衣服が濡れたときの寒さと惨めさを身をもって知るハンセンは、この日をきっかけに、水が染み込まず身体を冷やさない、船乗り向け防水作業服の開発を志す。
 ハンセンは妻と共に、生まれ故郷であるノルウェーの港町モスで、丈夫な防水衣料の製造販売を始めた。彼らは織りの粗いリネンと亜麻仁油を使い、海で着用できる上着やズボン、暴風雨帽をデザイン、縫製した。ハンセンは布地に油を塗り、壁炉の火にさらし乾燥させることによって服に防水性を持たせた。
 屋外での着用を目的とした丈夫で高品質な防水服という着想は見事に成功を収め、1877年、ハンセンは自らヘリー・ハンセン社を設立する。
 品質は極めて重要とされ、すべての製品は徹底的な検査が行われた後、店頭に並んだ。高機能ゆえの高価格にもかかわらず、需要は増え続けた。
 翌1878年、オイルスキン防水服のコレクションと共にパリ万国博覧会を訪れたハンセンは、多くの出展社の中から最優秀賞を受賞。
 当時の賞状は現在、モスにあるヘリー・ハンセン社のショールームに展示されている。
 ハンセンが興した革新的なブランドは、既に海外でも評判となっていた。19世紀の終わりにはデンマークとスウェーデンへの輸出を開始。数年後には英国、南アフリカ、チリへと輸出先を拡大する。
 最初の防水服を世に送り出してから125年の歳月を経た現在も、ヘリー・ハンセンは卓越したデザインと技術革新の最前線にいる。耐久性に優れる漁師向けの防水作業服に代表される、ブランドのルーツともいうべきワークウェアのコレクションを展開する一方、アウトドア、ウインタースポーツ、ウォータースポーツ用のテクニカルクロージングをデザイン。スポーツアンダーウェアLIFAから保温中間着、防水・透湿ジャケットに至る高機能なコレクションを発表している。
 創業者ヘリー・ジュエル・ハンセンが当初思い描いていた夢のように、会社は速く広く成長を遂げた。北欧、西欧に加え、アメリカ、オセアニア、アフリカへの進出も果たし、世界中のアスリートと作業員たちをサポートする体制を整えていった。
 ヘリー・ハンセンのテクニカルクロージングは、ウィットブレッド世界一周レース(現VOLVOオーシャンレース)や世界最高峰登頂、北極踏破といった極地活動において厚い信頼を勝ち取ってきた。今もこの地球上のどこかで、ヘリー・ハンセンのサバイバルスーツは凍てつく海で生命を維持し、ワークウェアは最も困難な地での作業を余儀なくされている労働者たちを暖かくドライで安全に保っている。


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2001年カタログより

   ヘリーハンセン

 1877年、商船長のヘリージュエル・ハンセンは、ノルウェーの厳しい天候から自船の乗組員たちを守るため、亜麻仁油を用いた独自の製法で世界初となる防水作業着を編み出した。以来124年という永きにわたり、ヘリー・ハンセンは素材開発と技術革新に努め、アウトドアクロージングの進化に寄与している。


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2000年カタログより

   ヘリーハンセン   ニッポンチャレンジ2000

In 1877,Helly Juell Hansen built the world's first rainwear factory.

 ヘリー・ジュエル・ハンセンは、その障害を自然の力と闘うために捧げた。15歳で甲板員の見習いとして海に出てから、わずか5年で航海士試験に合格。さらに5年後には念願の船長免状を取得する。商船長のハンセンは、乗組員たちに情け容赦なく襲い掛かる激しい雨、雪、スプレー、そして寒さにあらがう手立てを考えあぐねていた。当時、船乗りたちは、雨雲が近づくと、防水のために油を塗りこみ重く硬くなったワークウェアを身にまとい、長時間作業を続けなければならなかった。商船長の職を辞したハンセンは、厳しい天候に晒されながらも洋上での作業を余儀なくされるノルウェーの船乗りたちのために、レインウェアの改良に専念する決意を固める。
 ヘリー・ハンセンの歴史は、ノルウェーの港町モスにあった、とある食料貯蔵用の地下室で幕を開けた。新技術を開発すべく日夜実験に明け暮れていたハンセンと5人の従業員たちは、漂白されていないキャンバス地を使って縫い上げた衣服に自家製の亜麻仁油を染込ませ、さらに特殊な加工を施すことにより、ついに、しなやかな防水作業着を編み出すことに成功する。この発明によってノルウェーの漁師たちは、これまで1シーズンに3セット必要としていた作業着が、3シーズンで1セットあれば事足りるようになったという。1877年に遡るささやかな創業から123年の歳月を経て、ヘリー・ハンセンは高機能アウトドアクロージングのリーディングカンパニーへと成長を遂げた。
 海員やセイラーのためのアウトフィット分野における、他社にはない長年の経験。ウィットブレッド世界一周レースやノルウェー南極探検隊といった極限におけるスポンサーシップを通じて培われた知識と経験は、素材開発と技術革新にインスピレーションを与え、製品へとフィードバックされる。海から高峰、さらには北極から南極大陸まで。たとえどんなに困難な環境にあっても、ヘリー・ハンセンのテクニカルパフォーマンスクロージングはセイラーと冒険家たちを暖かくドライで快適な状態に保つだろう。

HERITAGE

1877
 商船長のヘリー・ジュエル・ハンセンが、独自の製法で世界初となる防水作業着を編み出す。

1950
 マイクロ波を利用した100%防水の熱着縫合技術、マイクロウェルドで国際特許を取得。

1961
 アウトドア産業で初めてパイルファブリックを発表。製品化に向け、繊維のさらなる向上に努める。

1975
・他社に先駆け、薄いポリウレタンコーティングを重ねた防水加工技術、マルチコーティングを発表。
・防水素材、ストームプルーフを発表。マルチコーティングとマイクロフェルドを組み合わせることにより、国際基準を大幅に上回る防水性を実現。
・汗を速やかに吸い上げ、生地表面で蒸発させるポリプロピレン製のオリジナルスポーツアンダーウェア、リファボディウェアを発表。

1977
 欧州で初めて防水・透湿衣料を発売。

1979
 ワークウェア用のパイル素材、ファイバーパイルを発表。優れた耐久性としなやかな風合いを併せ持つダブルフェイスニット製法を採用。

1984
 風雨を凌ぐと同時に発汗に伴う蒸れを防ぐ独自の防水・透湿素材、ヘリーテックを発表。

1986
・ベースレイヤー、サーマルレイヤー、プロテクションレイヤーの3層から成る重ね着スタイルの服装術、3レイヤー・システム・オブ・ドレスを発表。
・ポリエステル製の両面パイルファブリック、プロパイルを発表。Wロック構造を応用し、繊維を基糸の両面にしっかりと固定しながら編みこむ特許製法、ファイバーロックニット構造を開発。

1987
 スキー試乗に向けイクウィップエアフローベントシステムを発表。換気により活動中の衣服内温度を調節するとともに、活動していないときには最大限の暖かさを確保する。

1993
 レクリエーション用のアウトドア衣料に初めてスペクトラ素材を採用。

1998
 マウンテニアリング/アウトドア衣料に初めてリフレクティブファブリック、イルミナイトを採用。


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1999年カタログより

   ヘリーハンセン   ニッポンチャレンジ2000

 1877年、商船長のヘリー・ジュエル・ハンセンは、厳しい雨、雪、スプレー、そして寒さから自船の乗組員たちを守るため、亜麻仁油を用いた独自の製法で、世界初となるしなやかな防水キャンバス製のオイルスキンを編み出した。以来122年という永きにわたり、へりー・ハンセンは技術革新に努め、パフォーマンスアウトドアクロージングの進化に寄与している。

HERITAGE

1877
 商船長のヘリー・ジュエル・ハンセンが、独自の製法で世界初となる防水作業着を編み出す。

1950
 マイクロ波を利用した100%防水の熱着縫合技術、マイクロウェルドで国際特許を取得。

1961
 アウトドア産業で初めてパイルファブリックを発表。製品化に向け、繊維のさらなる向上に努める。

1975
・他社に先駆け、薄いポリウレタンコーティングを重ねた防水加工技術、マルチコーティングを発表。
・防水素材、ストームプルーフを発表。マルチコーティングとマイクロフェルドを組み合わせることにより、国際基準を大幅に上回る防水性を実現。
・汗を速やかに吸い上げ、生地表面で蒸発させるポリプロピレン製のオリジナルスポーツアンダーウェア、リファボディウェアを発表。

1977
 欧州で初めて防水・透湿衣料を発売。

1979
 ワークウェア用のパイル素材、ファイバーパイルを発表。優れた耐久性としなやかな風合いを併せ持つダブルフェイスニット製法を採用。

1984
 風雨を凌ぐと同時に発汗に伴う蒸れを防ぐ独自の防水・透湿素材、ヘリーテックを発表。

1986
・ベースレイヤー、インサレーティングミドルレイヤー、プロテクティブアウターレイヤーの3層から成る重ね着スタイルの服装術、ヘリー・ハンセンウェザーシステムを発表。
・ポリエステル製の両面パイルファブリック、プロパイルを発表。Wロック構造を応用し、繊維を基糸の両面にしっかりと固定しながら編みこむ特許製法、ファイバーロックニット構造を開発。

1987
 スキー試乗に向けイクウィップエアフローベントシステムを発表。換気により活動中の衣服内温度を調節するとともに、活動していないときには最大限の暖かさを確保する。

1993
 レクリエーション用のアウトドア衣料に初めてスペクトラ素材を採用。

1998
 マウンテニアリング/アウトドア衣料に初めてリフレクティブファブリック、イルミナイトを採用。


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1998年カタログより

   ヘリーハンセン   ニッポンチャレンジ2000

 1877年、商戦艦隊の船長という要職にあったヘリー・ジュエル・ハンセンは、生まれ育ったノルウェーの港町モスに世界初のレインウェア工場を設立しました。以来現在に至るまで、ヘリー・ハンセンは世界のマリンウェア業界をリードし続けています。100年以上の経験がもたらす高度な素材開発力と最先端の技術によって生み出される、そのハイパフォーマンスなシーギアは、過去2度にわたってアメリカズカップの公式ファウルウェザー・ギアに選定されるなど、世界のヨット界で絶大なる信頼を得ています。


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1997年カタログより

   ヘリーハンセン   ツインセイルロゴ

The History of Helly-Hansen,Since 1877

 ヘリー・ハンセンの歴史は、今から120年前に遡る。37歳でノルウェー商戦艦隊の船長をリタイアしたヘリー・ジュエル・ハンセンは、船乗りであった経験を活かし、プロ用オイルスキンの製造を始めた。1877年、ノルウェーの港町モスに建てられたこの小さな工場が、現在ヨーロッパ最大の規模を誇るマリンウェアメーカー、ヘリー・ハンセン社の出発点であった。素材の開発から裁断、縫製に至る一貫した自社生産システムによって生み出される、その機能的でヘビーデューティーなシーギアは、世界のヨット界で絶大な信頼を得ている。


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1996年カタログより

   ヘリーハンセン

The History of Helly-Hansen,Since 1877

 1995年11月12日。神奈川県葉山沖で行われたニッポンカップで接戦を制したのは、エド・ベアードだった。まさに、ヨットに乗るために生まれてきたような男たち。それが、国際ヨットマッチレース1995年シリーズで活躍した「チーム・ブリュット」のメンバーだ。
 ピーター・ギルモア、エド・ベアード、ティエリー・ペポネ、クリス・ロウ。いずれも、ヨットを愛するもので知らないものはいないビッグネームだ。彼らのセーリングユニフォームのオフィシャルサプライヤーは、ヘリー・ハンセン。
 その歴史は今から119年前に遡る。37歳でノルウェー商戦艦隊の船長をリタイアしたヘリー・ジュエル・ハンセンは、船乗りであった経験を活かし、プロ用オイルスキンの製造を始めた。1877年、ノルウェーの港町モスに建てられたこの小さな工場が、現在ヨーロッパ最大の規模を誇るマリンウェアメーカー、ヘリー・ハンセン社の出発点だった。翌1878年のパリ万博では、シーマン衣料のデザイン賞を獲得。1950年には完全防水を実現したウェルダー縫製を開発。その商品化に世界で初めて成功した。ヘリー・ハンセン社が1世紀以上にわたって世に送り出してきたすべての製品には、創業以来の開発・設計コンセプト「海の男のプロ仕様」が息づいている。素材の開発から裁断、縫製に至る一貫した自社生産システムによって生み出される機能的でヘビーデューティーなシーウェアは、世界のヨット界で絶大な信頼を得ている。
 1989-90年、ホイットブレッド世界一周レースを走破した<ザ・カード>。1991年、1992年、国際50ftワールドカップに参戦した<プロモーションⅦ>。1993年、国際50ftサーキットでシリーズ優勝を果たした<カラットⅦ>。1993-94年、ホイットブレット世界一周レースW60クラスで3度の区間優勝を飾った<トキオ>。W60クラスの総合4位に就けた<ウィンストン>。1995年、再度アメリカズカップの公式ファウルウェザーギアに選定されるなど、その歴史は常に栄光に彩られている。生まれながらのセイラーたちの信頼に応えるのは、いつもヘリー・ハンセンだ。


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1995年カタログより

   ヘリーハンセン   ニッポンチャレンジ1995   アメリカズカップ1995   アラウンドアローン

The History of Helly-Hansen,Since 1877

 ヘリー・ハンセンの歴史は、今から118年前に遡る。37歳でノルウェー商戦艦隊の船長をリタイアしたヘリー・ジュエル・ハンセンは、船乗りであった経験を活かし、プロ用オイルスキンの製造を始めた。1877年、ノルウェーの港町モスに建てられたこの小さな工場が、現在ヨーロッパ最大の規模を誇るマリンウェアメーカー、ヘリー・ハンセン社の出発点であった。翌1878年のパリ万博では、シーマン衣料のデザイン賞を獲得。1950年には完全防水を実現したウェルダー縫製を開発、その商品化に世界で初めて成功している。ヘリー・ハンセン社が1世紀以上にわたって世に送り出してきたすべての製品に息づいているのは、「海の男のプロ仕様」という創業以来の開発・設計コンセプトである。素材の開発から裁断、縫製に至る一貫した自社生産システムによって生み出される、その機能的でヘビーデューティーなシーウェアは、マッチレース世界ランカーのエド・ベアードをはじめ、多くのヨットマンたちから絶大なる信頼を得ている。
 1989-90年、最も過酷なヨットレースといわれるホイットブレッド世界一周レースを走破した<ザ・カード>。1991、1992年、バウア・ベッキンなどのトップレーサーを迎え、国際50ftワールドカップに参戦した<プロモーションⅦ>。1993年、マーク・パジョをヘルムスマンに擁し、50ftワールドカップでシリーズ優勝を果たした<カラットⅦ>。1993-1994年、クリス・ディクソンの下、ホイットブレッド世界一周レースW60クラスで3度の区間優勝を飾った<トキオ>。ブラッド・バタワースを共同スキッパーに迎え、W60クラスの総合4位に就けた<ウィンストン>。海の挑戦者たちが求めたのは、ヘリー・ハンセンのシーウェアであった。そして1995年、第29回アメリカズカップに挑むニッポンチャレンジチームのオフィシャルサプライヤーとして、セーリングユニフォームを供給。また、同アメリカズカップ'95では、前回1992年シリーズに引き続き、大会のオフィシャルサプライヤーを務める。


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1994年カタログより

   ヘリーハンセン   ニッポンチャレンジ1995   アメリカズカップサプライヤー

The History of Helly-Hansen,Since 1877

 ヘリー・ハンセンの歴史は、今から117年前に遡る。37歳でノルウェー商戦艦隊の船長をリタイアしたヘリー・ジュエル・ハンセンは、船乗りであった経験を活かし、プロ用オイルスキンの製造を始めた。1877年、ノルウェーの港町モスに建てられた、この小さな工場が、現在ヨーロッパ最大の規模を誇るマリンウェアメーカー、ヘリー・ハンセン社の出発点であった。翌1878年のパリ万博では、シーマン衣料のデザイン賞を獲得。1950年には完全防水を実現したウェルダー縫製を開発、その商品化に世界で初めて成功している。ヘリー・ハンセン社が1世紀以上にわたって世に送り出してきた、すべての製品に息づいているのは、「海の男のプロ仕様」という創業以来の開発・設計コンセプトである。素材の開発から裁断、縫製に至る一貫した自社生産システムによって生み出される、その機能的でヘビーデューティーなシーウェアは、エド・ベアード、ケン・リードをはじめ、多くのヨットマンたちから絶大なる信頼を得ている。
 1989-90年、最も過酷なヨットレースといわれるホイットブレッド世界一周レースを走破した<ザ・カード>。1991、1992年、バウア・ベッキンなどのトップレーサーを迎え、国際50ftワールドカップに参戦した<プロモーションⅦ>。1993年、マーク・パジョをヘルムスマンに擁し、50ftワールドカップでシリーズ優勝を果たした<カラットⅦ>。現在行われている第6回ホイットブレッド世界一周レースでも、クリス・ディクソン率いる<トキオ>と、ブラッド・バターワースを中心にスタークルーたちで固められた<ウィンストン>が、ヘリー・ハンセンのシーウェアをチームユニフォームに採用している。そして1995年、第29回アメリカズカップに挑むニッポンチャレンジチームのオフィシャルサプライヤーとして、セーリングユニフォームを供給。また、同アメリカズカップ'95では、前回1992年大会に引き続き、大会のオフィシャルサプライヤーに選ばれている。


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1993年カタログより

   ヘリーハンセン

 世界各地の海を転戦し争われる、国際50ftワールドカップ。最先端のテクノロジーと卓越したシーマンシップによって繰り広げられる壮絶なバトルは、まさに「海のF1」と呼ぶにふさわしい。'93年、フィフティにエントリーした<カラットⅦ>。過酷なレースに挑むクルーたちが求めたのは、ヘリー・ハンセンのシーウェアだった。'93年3月、栄光のコスタボダ・トロフィを懸けたレガッタは、モナコで開幕戦を迎える。
 ヨーロッパ最大の防水衣料メーカー、ヘリー・ハンセン社。その歴史は、今から116年前の1877年、ノルウェー商戦艦隊の船長だったヘリー・ジュエル・ハンセンが設立した小さなオイルスキン工場に始まる。1878年のパリ万博では、シー・マン衣料のデザイン賞を獲得。1950年には完全防水を実現したウェルダー縫製を開発、その商品化に世界で初めて成功した。「海の男のプロ仕様」というヘリー・ハンセン社創業以来の製品ポリシーを支えているのは、素材の開発から裁断、縫製に至る一環した自社生産システムである。世界のトップセイラーたちが絶大な信頼を寄せる、その優れた機能と品質。1992年には、第28回アメリカズ・カップのオフィシャルサプライヤーに選定されている。極寒の地ノルウェーに生まれ、世界の荒海で培われたヘリー・ハンセン。ウェアの機能性へのこだわりが、常にシーウェアを進化させる。


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1992年カタログより

   ヘリーハンセン   アメリカズカップ1992

こだわりと挑戦が、常にシーウェアを進化させる。

 '91年11月。世界各地の海を転戦する50ftワールドカップは、佐島沖でフィナーレを迎えた。IORレース注目の若手、バウア・ベッキンをヘルムスマンに擁する<プロモーションⅦ>。過酷な戦いに挑むクルーたちが求めたのは、ヘリー・ハンセンのシーウェアだった。最も有名、かつ最も実績のあるヨットマン、ポール・エルブストローム。'87年1トンカップ選手権で優勝したノルウェーのハロルド国王の<フラムⅩ>。'90-'91ホイットブレッド世界一周レースに挑戦した<ザ・カード号>。ヘリー・ハンセン主催の「ヘリー・ハンセンJ-24セーリングクリニック」のインストラクターでもあるエド・ベアード、ジム・ブラディ、ラリー・クライン、マーク・ローラ。世界の頂上レースで実証された機能と品質が、トップセイラーたちの信頼を勝ち得たのだ。
 ヨーロッパ最大の防水衣料メーカー、ヘリー・ハンセン社。その歴史は、今から115年前の1877年、ノルウェーの商戦艦隊の艦長だったヘリー・ジュエル・ハンセンが設立した小さなオイルスキン工場から始まった。1950年には完全防水を実現したウェルダー縫製を開発、その商品化に世界で初めて成功した。
 「海の男のプロ仕様」というヘリー・ハンセンの一貫した製品ポリシーは、常にシーウェアを進化させ、海の男たちに支持されてきた。極寒の地ノルウェーに生まれ、世界の荒海で育ったヘリー・ハンセン。'92年、その機能的な服づくりに対するこだわりと挑戦は、脈々と続いている。


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1991年カタログより

   ヘリーハンセン

 世界のビッグレースで優勝経験をもつトップセイラーたちが、日本の海にやって来た。J-24のワールドチャンピオン歴を持つエド・ベアード。90年のバルボア・ボルボカップのウィナー、エリック・アーント。ヨーロッパ各国でワールドチームのコーチ歴を持つマーク・ローラ。12年間にわたりノースユニバーシティでセーリング・インストラクターを務めているスコット・ローラ。彼らは、ヘリー・ハンセンが主催した「J-24セーリングクリニック」のために招かれたのだ。ヨットレースで勝つためには、ボートを自在に操る正確なテクニックと、機能的なウェアが欠かせない。世界中の海で、レースを愛するセイラーたちが選んだのは、ヘリー・ハンセン。海の男たちから最も高い信頼を得ているマリンウェアのブランドだ。
 1877年、ヘリー・ジュエル・ハンセンはノルウェーの商戦艦隊の船長をリタイアすると、フィヨルドに面した小さな港町モスに工場を設立、オイルスキンの製造を始めた。これが、ヨーロッパ最大の防水衣料メーカー、ヘリー・ハンセンの起源だ。製品ポリシーは「海の男のプロ仕様」。だから、海の男のいるところ、ヘリー・ハンセンがある。


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1990年カタログより

   ヘリーハンセン

ヘリー・ハンセンを進化させるのは、世界のトップレーサーだ。

 ポール・エルブストローム。世界で最も有名で、最も実績のあるヨットマンだ。現在61歳。これまで8回のオリンピック競技に出場し、4個の金メダルを獲得。さらに13の世界選手権をも制した。1988年には、自分の娘トリネと組んでソウルオリンピックにも出場した。
 ノルウェーのハラルド皇太子とそのクルーたちは、「フラムⅩ」で1987年の1トンカップの選手権に優勝。この艇のクルーは、のべ8回のオリンピック競技に参加している。また、ヘリー・ハンセンは、ノルウェー、スイス、オランダの各ナショナルチームのオフィシャル・ユニフォームも供給している。ヘリー・ハンセンのマリンウェアは、こうした世界一流のヨットマンの協力のもとに企画・開発されている。ヘリー・ハンセンのウェアが最高の品質を誇っているのは、彼らの活動と協力があるからだ。
 1877年。一人の男が船を降りた。男の名は、ヘリー・ジュエル・ハンセン。ノルウェーの商戦艦隊の船長だった。男はフィヨルドに面した小さな港町モスに工場を設立、オイルスキンの製造を始めた。やがて工場は、ヨーロッパ最大の防水衣料メーカー、ヘリー・ハンセン社へと成長した。その製品ポリシーは、「海の男のプロ仕様」にある。高いクオリティは世界中から認められ、16ヵ国で販売されている。男たちを守り続けて100年以上。だから、ヘリー・ハンセンは、海の男たちから最も高い信頼を得ている。


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1989年カタログより

   ヘリーハンセン

最も過酷な海から、男たちを守り続けてきた。

 始まりは1877年。一人の男が、フィヨルドに面した小さな港町モスに工場を設立した。男の名は、ヘリー・ジュエル・ハンセン。ノルウェーの商戦艦隊の船長だった。海とともに生きてきた男は、船を降りても、海を忘れはしなかった。第1号製品は、亜麻仁油を染み込ませたセールキャンバス製の消火バケツ。それが、現在ヨーロッパ最大の防水衣料メーカーにまで成長した、ヘリー・ハンセン社の出発点だった。
 その製品ポリシーは、「海の男のプロ仕様」にある。世界で初めての完全防水縫製の商品化に成功したウェルダー縫製。科学が生んだ服装術、ザ・ヘリー・ハンセン・システム。流氷の浮かぶ海で9時間以上の生命維持を約束するイマーション・スーツ。ヘリー・ハンセンの製品は、男たちの海をより安全で快適なものにする。その高いクオリティは世界中から認められ、16ヵ国で販売されている。地球上で最も厳しい海に生まれ、100年以上もの間、男たちを守り続けてきた。だから、ヘリー・ハンセンはあらゆる海を知っている。


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1987年カタログより

   ヘリーハンセン

1877年、海の男達のために生まれた。

 男の名は、ヘリー・ジュエル・ハンセン。ノルウェーの商戦艦隊の船長だった。1877年、彼は小さな港町「モス」の工場で、プロ向けのオイルスキンの製造を始めた。それが、ヘリー・ハンセン社の始まりだった。現在では、ヨーロッパ最大の防水衣料メーカーにまで成長している。
 だが、ヘリー・ハンセン社のポリシーは、創立以来変っていない。一貫して、海の男のための「プロ仕様」にある。まだ「ヘビーデューティー」という言葉すらなかった時代から、ヘリー・ハンセンのウェアは、海と闘い続けてきた。
 たとえば、世界で最初のウェルダー縫製の実現。たとえば、流氷の浮かぶ北海で、9時間以上もの生命維持を約束するサバイバル・スーツ。ヘリー・ハンセンが生み出すすべてのヨットウェアに、これらの技術は、色濃く受け継がれている。

厳しい海が、信頼に足る製品を生んだ。

 ノルウェー。そこは、海に落ちようものなら、5分とは生きていられない極寒の地。ここでのウェアは、生き延びるためのライフ・ギアだ。人口400万人に対して、60万隻の船を持つ。この厳しい自然環境にある海洋国で、ヘリー・ハンセン社はヨット市場の約80~90%のシェアを占めている。誰よりも海を知っている、この国のヨットマンや船乗り達に信頼されて100年以上。これらの事実が示しているのは何か。すなわちヘリー・ハンセンのウェアの機能と質の高さに他ならない。そのクオリティの高さは、世界でも認められ、16ヵ国で販売されている。
 1877年のノルウェーに生まれ、一世紀以上。ヘリー・ハンセンは、海の男達を守り続けてきた。だから海を愛する男で、ヘリー・ハンセンの名を知らない者は誰もいない。


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